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かなしい歌

パフュームの歌を一人で車運転している時に歌うと、猛烈につまらないか、もしくは、ものすごく気持ちがのって悲しくなるかのどちらかが多い。

なんでそうなるのか、ということを考えていたんですけれど、
女の子たちの振り付けで加味される物を歌だけで表そうとすると、ものすごく過剰な感情量が必要になって、普通の人間だと心が潰れてしまう。

そう思っていたんですけれど、そして今もだいたいそう思っているんですけれど、

以下のような要因もあると思います。



信じられんかもしれませんが、きゃりーぱみゅぱみゅのponponponって生歌弾き語りすると、結構かなしい歌に聞こえるんですわね。
それは、メロディーに切ない要素があるということもありませうけれども、
今回は歌詞に、注目してみました。
「歌詞カード見ながら音楽聴くような無駄なエネルギーあったら、それ全部音聞くことに集中させて」と中田さんおっしゃっておりますけど、
今回特例ということで、無駄にエネルギー使ってみました。




わたし、この人の歌い方結構好きなんですよ。自分がイメージする歌い方にかなり近い。



あの交差點で みんながもしスキップをして
もしあの街の真ん中で
手をつないで空を見上げたら
もしもあの街のどこかで
チャンスがつかみたいのなら
まだ泣くのには早いよね
ただ前に進むしかないわ いやいや

PONPON 出して しまえばいいの
ぜんぜん しないの つまらないでしょ
ヘッドフォンかけて リズムに乘せて
WAYWAY空けて あたしの道を
PONPON 進む 色々なこと どんどん キテる
あなたのキモチ POIPOI 捨てる惡い子はだれ?
そうそう いいコ ああ You Make Me Happy
Every Day PON
Every Time is PON
メリ一ゴ一ランド のりたいの
Every Day PON
Every Time is PON
たぶん そんなんじゃ ダメでしょ

PONPON 出して しまえばいいの
ぜんぜん しないの つまらないでしょ
ヘッドフォンかけて リズムに乘せて
WAYWAY空けて あたしの道を


歌っていて気持ちがのる行というのは、その箇所の言葉に共感できるといってもあながち間違いではないような気がします。

この歌の場合、サビは気持ちのせようのない詞のように思われます。それに一本調子ですから、他と比べてこの行に気持ち込めた、みたいなやり方がなかなか上手くいきづらいというのもあるでしょう。

きゃりーぱみゅぱみゅの場合、ほとんど棒読みの歌であえて気持ちのせないようにしているようですけれども、
こっちの女の子の場合、まあ、私の勝手な判断なんですけど、太字大字の箇所に気持ちが乗っているように感じられます。


歌詞見ながら歌を聴いてみると、へー、こんな歌だったんだ、とかなり呆然としました。


「手をつないで空を見上げたら」
『マカロニ』の詞にも「見上げた空は高くて」とありますけど、
私には、『ドリームファイター』の「最高を目指して…」とか『fake it』の「最高になりたくって…」とほぼ同じ意味に聞こえてしまいます。
中田さん、ほんと、野心家ですわな。


「ただ前に進むしかないわ いやいや」
こっちの女の子の歌い方だと、嫌々でも前に進むしかない、という意味に聞こえてしまいます。


「あなたのキモチ POIPOI 捨てる」
歌詞カードだと、どう改行するのかわかりませんが、私にはこう聞こえます。


「たぶん そんなんじゃ ダメでしょ」
一番心がのっているように聞こえるのは、この行ですかね。

きゃりーぱみゅぱみゅの方でも、この行一番目立ちます。というか、この行以外は「なんじゃこりゃ」って感じ。


支離滅裂な部分を削除して、心が乗りやすい行を軸にこの詞を要約してしまうと、

「はじまりは、みんな仲良く夢を目指して頑張ろうって言ってたけど、だんだん一人減り二人減り、でも私はあきらめない。
あんたが夢諦めるのは構わないけど、私の足引っ張るのは勘弁して。私は一人でも先に進む」

実は、歌詞むちゃくちゃ暗いんだよな。
20才前のデビューしたての女の子に歌わせるような歌か?と思うんですが、
きゃりーぱみゅぱみゅの歌聞いているだけだと、単に支離滅裂な詞としか思えず、あのファッションのキッチュさに完全に騙されてしまいます。



明るく楽しい色彩の包み紙の中に入った、悲しい思い。
ただ聞くのやめて、自分で口づさんでみると、そのことに突如気づかされる。
パフュームもそういうとこありますけど、きゃりーぱみゅぱみゅとちがって、あの振付で感情的には開放される分だけ健全ですよ。



そして、中田さんのこういう遊び方ってかなり不健全な気がします。ほんと、調教マニアっぽい。











これはねぇ、
「溢れる涙、それは突然始まる奇跡」
わたし、この行喉詰まって歌えないんですわ。
パフュームがこの行において視覚的に表現している感情量って、歌だけで表すことのできる量を多分超えている。

この人もこの行をあんまり歌えていない。
心のりすぎると、歌えなくなるということもあるんですわね。



あと、パフュームって英語混じりでも聞いていて情けない気持ちにならない、浜崎あゆみみたいなイタい感じがしないとはよく言われることですが、
英語って一音節あたりの子音の数が日本語よりもずっと多いですから、日本語の中に突如英語が入ってくると、いい緩急がつく。

というか、緩急つけるために英語入れているんですわね、中田さんは。
「spring up speed up」のとこが特にそうですね。スプリングアップスピードアップとカタカナで書くと15音節ですけど、英語だとたったの4音節。springなんて、一単語一音節ですよ。楽譜に直したら、アとかウみたいな一文字と同じですわ。

この「spring up speed up」の行で、それまでの引きこもっていた迷いみたいなものがバッサリ斬られてしまう、私にはそういう感じがしますね。


これ歌っている人、外人だから、英語の箇所に心のってるのかな?と思って聞いていたんですけど、そういう訳でもないですね。何きっかけで日本語とパフューム始めたんでしょう?