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#2 ゆめ 

今日しか残されていないのなら、一緒に歌おう
明日は死んでしまうかもしれないんだから。

ゆめをみよう、見続けよう・・・



まあ、洋楽でdreamについての歌を探すと、どうも暗い歌に行き着いてしまう。
まあ、私がくらい人間で、そういう歌しか知らないというのもありそうだけれども、

ビートルズのすべての歌詞にdreamって16回しか使われていない。dreamingは3回。dreamsで10回。

loveに関しては、485回 lovely19回 loving10回 loves20回 loved7回

loveはキリスト教の根本概念だから、そりゃ桁違いに重要な単語であるはずなんですけれども、


さて、ビートルズの歌詞でdreamってどんな歌に使われていただろうとざっと見渡してみると、

good night
strawberryfield is forever
a day in the life
i am only sleeping
等で、寝ているときに見る妄想としての夢の意味ばかり。

所謂、大人が小学生にきくところの夢の意味で使われているのは、
eleanor rigby
「彼女は夢の中に住んでいる」
くらいのもの。

これにしても、非常に否定的な使われ方をしている。

 




この歌にしても、夢の単語の意味は、寝ている時に見る妄想。

今、思うに、イギリス人は 夢=人生の目標 みたいな使い方をあまりしないのではないか?

アメリカ人は、わりとそれをやる。

そういうアメリカ文化、アメリカンドリーム的価値観がロックを通してイギリスにたどり着いたら、
小学生にアホな大人が尋ねる意味での「夢=未来の目標」に対しての、皮肉に満ちたパロディーみたいな曲が出来上がる。


信じられないよ、土曜の夜に男の子が家にいるなんて
僕の守護天使が電話してきた
「ガサ入れが始まってるよ。あの悲鳴が聞こえるかしら?」
いったいteenage dreamはどうなってしまったんだろう?


アメリカの影響の強い日本は、情けないくらいに夢をありがたがって、恐れおののいているという気がする。

これ、最後まで聞ける人いますか?私はイントロから歌が始まって歌詞二行目でダウン。


アメリカにしたところで、しゃかりきに働いて金持ちになって楽しく暮らし、寄付をたくさんして死んだら神の国に行く 的なアメリカンドリームを完全に信奉しているかというと、

「なんか違うだろ?」と思っている人もたくさんいるはずでして、


Wendy let me in I wanna be your friend
内に入れてよウエンディ、友だちになりたいんだ
I want to guard your dreams and visions
君の夢と人生プランを守りたい
Just wrap your legs 'round these velvet rims
ビロードの縁取りに君の太ももを巻きつけて
And strap your hands across my engines
君の手を俺のエンジンに縛り付け、云々


何か悪徳リフォーム会社の宣伝歌のようでもありますけれども、

生涯で一番高額の買い物って、家ですから、
たしかにね、
住宅会社のCMって、アメリカンドリームっぽいっちゅやあ、その通りなんですわ。
そして、
ブルースプリングスティーンって、アメリカンドリームの建前の向こう側にある辛い現実について歌う人ですから、

以下のような歌が、born to runのあとに続きます。

思い出が帰ってくる、そして俺に幽霊みたいにのしかかる
叶わなければ夢って嘘なのか?それ以上にひどいものなのか?


別に何の演出もないビデオなんですが、
この必殺の歌詞の箇所を歌う直前に、マイクをマイクスタンドから外すブルーススプリングスティーン
別に、マイクをスタンドから外したからといって、何があるというわけでもなく、ただ、身振りのもどかしさだけが増幅される。
それを見ているこちら側は、ただやるせなさが増幅される。


ブルーススプリングスティーンって、アメリカンドリームという建前に打ち込まれた杭、もしくは呪いみたいなものかもしれない、と、今になって思う。



当時のレーガンが選挙戦のニュージャージーでの遊説で、
「ブルースプリングスティーンという名の若者の夢を実現することが私の仕事」と言ったことを受けて、

ブルースプリングスティーンはライブで「大統領が、俺のどの曲を聞いたかは知らないけれど、この曲のはずはあるめえ」といって

人生やぶれかぶれになった男が犯罪犯して懲役99年って歌。

基本的に、フランス人ってアメリカ好きですわ。
自分たちが文化を洗練させるために捨ててきた野性味みたいなものがアメリカにはそっくり残っているって考えるし、
逆に、アメリカ人は、自分たちにない洗練がフランスにはあるって考える。

このスプリングスティーンのあり方って、フランス人がダーティーハリーを西部劇の後日談としてありがたがっているノリに近い。
多分、言葉ほとんどわかってないですよ、パリジャンは。
そんでも、西部劇の末裔としてスプリングスティーンの存在感存分に楽しんでいるんでしょう。


ちなみにイギリスとフランスは仲悪い。
そんで、
イギリスとアメリカは、本家と元祖の温泉まんじゅう的確執から逃れられない。





つまり、今回の文章をまとめると、
アメリカ人とイギリス人では、ドリームという単語の使い方がずれている。

イギリス人は、寝ている時の妄想という意味で使うが、
アメリカ人の場合は、アメリカンドリーム的意味で使う。

それは、イギリスが階級社会で現実的な人生観を持っているのに対し、アメリカは広大な国土と拡大可能な市場があったために一攫千金が可能であったため。


日本では、そのアメリカの用法のドリームの使い方が、どうしたことが一般化してしまった。
悲しいことに、アメリカ的な、自由競争的な市場があるわけでもないので、
しょーもない芸能事務所に騙されたり、子供用の高額で何の役にも立たない教材を買わされたり、英会話学校に騙されたり、くだらない専門学校に行って2重搾取されたりというエピソードに事欠かない。

日本には、もともとアメリカンドリームなんてなかったはずで、イギリス人的にドリームという言葉に対応していればよかったはずなんですけどね。


こんな日本のしょうもない状況下でもドリームという単語に、何がしかの肯定的意味を与えられるパフュームはえらいもんです。
この曲でのドリームという言葉の使い方は、エアロスミスっぽい。

まあ、詩を書いた奴が偉いとか歌っている奴がえらいとかいう以上に、社会が行き詰ってきて、夢という言葉を真面目に検証したくなってきてるんじゃないでしょうか?