読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Perfume と 総選挙

今までいろいろなことを書いてきたつもりですけど、はっきりいうともうネタ切れていると思います。

ある時、気がついたのですが、Perfumeについて細かいこと書いているとき以外は、全部同じ内容の繰り返し。
文体が違うだけ。






総選挙というと、
AKBのこと思いついてしまう人が多いんだろうな、と私は思ったりするんですが、

一週間前に、私行ってきまして、というか
ついでに選挙活動も少しばかり手伝ってきまして、


そんで思うことというのは、やはりPerfumeのことなんですわな。


私の知っている人が、衆院選に立候補してて、そんで、辻立ちしているところにばったり出くわしたんですが、

なんというか、

みぞれ混じりの雨の中で、一人で傘もささずに辻立ちしてるんですわ。
私の住んでいるところは、地方都市で、んだから、
歩いている人なんてほとんどなくて、
その立候補者は、歩行者ではなく行きかう車を対象にして辻立ちしてたんですが、

時速40キロで走り去る車相手に、自分の政見とか話せるわけないですから、自分の名前と「ありがとうございます」「よろしくおねがいします」の繰り返しと、手を振ることと頭下げることに専念してる。

その人は、立候補前のごたごたゆえに限りなく勝算のない選挙戦を戦っていたのですが、
それゆえに選挙資金に事欠き、選挙活動手伝う人員も少なかったのでしょう。


なんというか、一人で頭にハチマキ巻いて辻立ちしているとこを見てしまうと、
寄っていって、握手して、それから、
本来は「がんばってください」とか言うべきなんでしょうけれども、

私の場合は、つい、本当のこと言ってしまう。
「俺から見ると、今回の選挙は難しいと思う」

だから、冬の小雨の中で辻立ちして体壊すようなことはやめたほうがいいといいたかったんだけど、

「でも、おれ頑張るよ」
と、ものすごくすがすがしい表情で言われた。


選挙にいたるまでの経緯、そして子供のときからの目標、
いろいろな点から、彼にとっては衆院への立候補とは、簡単に取りやめることのできないものだったようなのですが、

いったん選挙に出馬するとなると、周りの支持者が無給で手伝ってくれてるのだから弱音なんか吐いていられないし、労力惜しんでる暇なんかない、自分の体のことなんか構っていられない、ってとこだったんでしょう。

日の丸のハチマキ巻いて辻立ちしてたってのもあるんでしょうけれども、
むかし、カミカゼに出撃した人たちってのもこんな感じだったんだろうか?などと思ったりもしました。



それから、その人の選挙事務所に行ったんですけど、
なんというか、雰囲気がお祭りの事務所のそれとそっくり。
違う点というのは酒が入ってないってとこくらいでしょうか。

忙しい人がせわしなく出たり入ったりするかと思うと、暇な人がずっとお茶飲んで世間話してたりで、
ものすごく風通しのよくいごこちのいい空間。

常に誰かが差し入れしたりで、茶菓子には事欠かない。

しかも、衆院選間近ということで、日本社会の中心、まあその中心は数あまたあるんですけど、
その中心のひとつにいるという満足感というか、高揚感があって、

ほんと、祭りの事務所の感じに近い。




で、まあ、この「祭り」に於いて「曳山」とは何だろう、「神輿」とは何だろうと考えるにつけ、
それは、私の知人であるとこの候補者がそれなんだろう、と。

この辺の感覚が、Perfumeにものすごく近い。


立候補した彼自身、ちゃんと個性が合って根性もあって努力もしていて…、なんですが、
国政選挙に参加しよう、とした時点で、
自分の体は自分のものではなく、周囲の人間の期待や思いを受け入れる器にすぎないという自覚に到達していたように私には見えた。


んで、面白いのは、
彼の施政方針の書かれたビラなんですが、
彼の施政方針というのは、彼一人の意見ではなくて、彼の支持者の寄せ書きのようなものでして、
非常に乱雑で、まとまりがなくて、ポピュリズムに流れている、と言われればそのとおりなんでしょうけれども、

でも、ある意味、彼にとって政治家とは、自我を主張するものではなく、自らをもって器となし、そこに周囲の人の期待や思いを盛り付けるものだ、という思想が感じられる。


そんで面白いのは、そのビラ、
もし、仮に、15年後にあーちゃんが国政選挙に立候補したとするならそのまま使えそうな言葉が、ゴロゴロ並んでいる。

世界一の結束力でグローバリズムへ挑戦、とか
人とのつながりへ感謝、とか
ボトムアップリーダー、とか

日本の民主主義のためにはPerfumeの成功モデルを参考にすべきなんじゃなかろうか?と思ったりもしましたが、

また、この選挙事務所の関係者、非常によく涙流すんですよ、みんな。

勝算の薄い選挙を戦っているという自覚があるからってのもあるんでしょうけど、
みんな損得ぬきにしてかかわってるわけで、

選挙事務所の閉鎖式とかやるときも、誰かがスピーチする度に、目を潤ませて、そしたらみんなもらい泣きして…、というのがしばらく続く。


私なんかも、Perfumeyoutubeで見るだけで泣ける人間ですから、こういう場にいると簡単に泣けるんですが、

しかし、「男泣き」という言葉がこの国ではとっくに死語になっているのか、それとも、もともとこの国はどいつもこいつも情にもろい泣き虫ばっかりだったのだろうか、と思ったりもしたんですが、


この辺のノリも私から見るとPerfumeに近い。



ついでに言うと、総決起集会というのを街の目抜き通りでやったんですが、
国会議員が応援演説やってくれるんですが、彼の言うことは、私には分かるんですよ。
冷静なことを言っているだけですし。

それと食らえると選挙戦っている私の知人の演説は、何言っているか分からなかった。

私、Perfume聞くようになってから、言葉をほとんど無視して身振り手振りばかりに注意が行くようになってしまっていまして、

まあ、彼の演説の場合は、
言葉ではないんですな。
選挙運動期間、毎日辻立ちして、見ず知らずの人たちに一日中頭下げたり手振ったりして体力気力的にふらふらだったはずなんですが、

しかも、政見公約とかご大層なこといったところで、
「お前、それどうやって実現すんの?」と突っ込まれりゃそれで終わりだろうし、

そんな中で、彼から出てくるものといういうのは、言葉ではなくて、
身振りとか、声の振るえみたいなノンバーバルな表現だったというのも、

私から言わせるなら実にPerfumeっぽかった。

そんで、そういうものの方が、信用に値するようについ思ってしまうのは、私が情にもろいという欠点を抱えた日本人にすぎないということなんでしょう。



Perfumeにしろ、この選挙のエピソードにしてもそうなんですが、

結局のところ、日本人の心を掘り下げていくと、こういうものしか出てこない訳で、
歴史的にヨーロッパ人が追求してきたものとは違うのだろうな、と。

神輿とか祭りとか盆踊りとか情に流されるとか、言葉や理屈よりもノリを大事にするとか、完全に自立しないで人との間に依存関係を維持し続けているとか、

結局そういうものしか日本人の中には詰まっていないんだとしたら、それを上手に活用して海外の連中と渡り合っていくしかないのだろうな、と。


日本の選挙の有り方って、ものすごく情けないものだと私はずっと思ってきたのですが、
その点についてはやっている人たち自身ほぼ分かっているわけでして、

で、何でいまだに選挙カーで候補者の名前連呼して、土下座するような選挙活動が続いているかというと、

日本人って、そういう民族なんだからだろうという最終認識に到達する。


それって、Perfume見るまでは、盆踊りになんら肯定的な印象を持つことができなかったことと同じことのように私には思えるのです。



この3Dめがね掛けてるダンサーの振り付けがボブフォッシーっぽいなと思うと同時に、
歌舞伎の黒子に見えてしまう。

黒舟からこの方、西洋と日本の文化の妥協点をどこに見つけていくかで多くの優秀な人たちが知恵絞ってきたはずなんですが、
こうもあっさりと成功されてしまうと、ただ唖然とするしかないです。

ミュージカルのバックダンサーって、日本で言うところの黒子だったんだ、へー、へー、へー。

また、このPVで使われているカラーボードの色彩って、ニューシネマ以前のアメリカ映画の凝ったライティングにより作られた色で、
『雨に歌えば』ってこんな色だったな、と。





そんで、思うんですが、この候補者に足りなくてPerfumeに有るものは何なのだろう?と考えるに、

YOUTUBEだな、と。


これだけ変な展開の文章かいてる割には、私の結論は、ネットが日本の民主主義を変える起爆剤になりうる、という割に陳腐なものです。