キミ、って誰よ その2

気になったので、いろいろ詞を思い起こしてみる。




松本隆 太田裕美の『木綿のハンカチーフ

「恋人よ ぼくは旅立つ 東へと向かう 列車で
はなやいだ街で キミへの贈りもの探す 探すつもりだ
いいえ あなた 私は  欲しいものは ないのよ
ただ都会の絵の具に染まらないで 帰って」

わたし個人の生活実感での、二人称の使い分けってこんな感じです。


おとこ --> おんな  キミ
おんな --> おとこ  あなた

もっとも、わたし個人的には、女の子をキミとは呼びはしませんけど。
キミ、あなた、ってあくまで作詞上の便宜という気がするのがわたくし個人的生活実感。

ほんとのところは、名前(それも姓)で呼ぶのがわたくし個人的な初期設定。
女の子を面と向かってキミと呼んだことが、たぶんこの人生で一度もない。無論おばさんをキミと呼ぶこともない。



まあ、だから、
人を呼ぶときには、その名前を呼ぶのがわたくし個人的生活実感にそぐうものでありまして、
ジュードとかアンジーとかアンドレイとかそういう呼び方の歌詞って、わたくし個人的にはリアルなのですが、



藤圭子

時折、自分のことを名前で呼ぶ人いますけど、別に、この歌、圭子という固有名詞が詞には出てきません。
ちゃんと「私」という一人称代名詞が使われています。


自分で自分のこと「けいこ」(その人の名前であれば、さちこでもやすこでもいいんですが)とかいう女の人って、ときどきいるはずなんですが、

自分で自分のことを姓で呼ぶといえば、
小泉今日子って、自分のこと「コイズミは…」と言っていました。
今、もうやっていないんかな。やってないだろうな、たぶん。

ゲゲゲの鬼太郎の作者水木しげるも、自分で自分のことを「水木さん」というらしい。




宇多田ヒカル
子供時代を、両親というおっさんおばさんの日本人だけに囲まれ外国で過ごす。

おそらく、一世代以前の日本語感性もっているだろう人物。

「明日の今頃には、あなたはどこにいるんだ〜ろ」

わたし個人の生活実感では、男女関係での二人称は「あなた」なんです。

これ、わたくし個人的には、ほんと普通です。


もっとも
「タクシーもすぐつかまる、目指すはキミ」
キミ、もあるんですけど、






椎名林檎
「あの日飛び出したあの町とキミが正しかったのにねえ」
「素顔で泣いて笑うキミのそのままを愛してる故に」

古風な言語感覚といえば、椎名林檎って、寺山修二バリに自称新宿系だったんですが、

おんな --> おとこ で キミって言ってるんですね。


無論、「あなた」の二人称も椎名林檎にはあります。
「あなたしか見てないのよ、今すぐにここでキスしてね」
「あなたは、すぐに写真を撮りたがる」