読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

手  私たちはみな小鳥を二羽飼っている

同性愛者だったジャン・コクトーの映画に、同性愛者だったジャン・マレーを主役にした『オルフェ』という映画があります。

もちろんギリシャ神話を元ネタにしているのですが、

その中で、主人公が
「鳥は指でさえずる」という詩の句をすっかり気に入ってしまう場面があるのですが、


あれを最初に見たときは、「何言ってんだぁ」でしたが、

今になって思えば、「なるほどねぇ」というところです。

これはどういうことかと申しますと、



この6つのおかげでヒトは進化した―つま先、親指、のど、笑い、涙、キス

この6つのおかげでヒトは進化した―つま先、親指、のど、笑い、涙、キス

この本がとにかく面白かったのです。




人類進化の段階についていろいろ書かれているのですが、




手先の器用さを生かして道具作る能力が生存に不可欠だったころ、

その大切な道具の作り方をどうやって後進に伝えていくかというと、紙も鉛筆もありませんし、語彙も少なく、辞書もないので言葉の厳密な定義もできていませんので、

作るところを実際目の前で見せてやるしか方法がなかったのですから、

人間の言葉がまだ未熟だった段階では、ユビサキの動きというのが、言葉よりも重要だったということになるのでしょう。


何かを伝えるためには、指を動かす。

舌を動かす前に指を動かす、そんな時代が長かった、らしいです。




私たち人間の視界は、3Dというよりかは2D的で、あんまり急激な上下運動をしません。

歩く時も大体同じ高度で眼球が移動します、もしくはデスクワーカーですと眼球の位置は固定されたまんまで何時間も時が流れます。


これと比べると鳥の飛翔中は、高度変化がジェットコースター以上にぐいぐいですから、
人間よりもはるかに3D的な情報処理を脳で行っているようです。


では人間がまったく3D的な情報処理に疎いかというと、手の動かし方って、
棚の整理とか木登りとか花壇の草むしりとかをやってみるとわかるのですが、
鳥の飛ぶときとまではいえませんが、かなり豪快に3D的に動いています。

四足で動いている動物では、鳥以外では、ここまで立体空間認識が必要な動物もいないでしょう。

もしほかにいるとしたら、クジラとかイルカくらいでしょうか?


手の動きがかつては言語の機能の多くを担っていた、
手の動きは、非常に3D的である、

この二点から、言語には3D的な要素があり、それは、英語の場合は、何かにつけて動詞にUPとDOWNをくっつけることからもそれはわかる、のだそうです。

人間にある抽象的思考力の源泉というのは、物事を立体的にとらえることであり、
この立体認識を、空間ではなく時間に当てはめたときに、人間は過去現在未来について実に精緻な考え方をするようになった、そして先読みの能力が異常に発達したのだそうです。