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芥川龍之介の『羅生門』について

 

デヴィッド・ボウイをしのびつつHDDの隅に放っておいたMP3をいろいろ聞きました。

ボウイだけでなく、ザ・スミスとかも私のHDDの片隅に転がっていました。

 

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ザ・スミス、すごいというか、

こういうの売れるイギリスって日本とは全然違うと思います。

 


The Smiths - Panic (Official Music Video)

 

あたかも大学デビューに失敗した非リア充のごとき風貌でくねくねタコ踊り。

これで人気出てしまうってのもすごいんですが、

歌っている歌詞が

「ディスコに火を付けろ、うざいDJどもを吊すんだ。だってあいつらの流す音楽って、僕の人生に何の関係もないんだから」

 

清教徒革命以降、イギリス国内では アイルランド問題を除いて内乱ってありません。

だから階級闘争は武器ではなく、言論のみで行うのがイギリス式の在り方。

人殺しかねないようなきつい言葉使うのがイギリス式で、

そこまで言ってはばからないからイギリスのロックはここまで世界のシェアとれたのかもしれません。

 

そういえば、自分もずっと昔はこういう音楽聞いてたんだなと思いだしつつ、

HDDの片隅のザ・スミスの隣に日本文学作品の森繁久彌朗読が転がっていたんですね。

 

その内の一つが芥川龍之介の『羅生門』で、さっき聞いたんですが、

わたし、中学生の時にあの短編読まさせられて以来、ずっと思っていたんですが、

 

羅生門の二階に捨てられている死体から髪の毛抜く行為と

その髪を抜いている老婆をどついて着てるものはぎとる行為って

犯罪の程度が全然違うだろう?

 

不法投棄されている死体、役所もそれを放ったまま腐乱させてる死体の髪の毛抜いて何が悪い?

髪の毛抜くくらい、死体損傷とは言えないだろうに。

それとも、何かこういう根拠の見えにくい倫理観って、私のあずかり知らぬところで日本人律している訳?

臓器移植や脳死についてアメリカ人とずれがあるのは、なにかこういうのと関係があるの?

 

いまだに自分にはわからない。

 

それでネットで自分のように思ってる人っているのか調べてみたんですが、そういうのは見つけることができませんでした。

 

もし私の言っていることが正しいのなら、

芥川龍之介の『羅生門』って論理的に破たんしているわけですから、

主人公の青年の訳分からない感情の乱れ以外に何も表していないということになりかねない、

いやもっと正確に言いますと作者の芥川龍之介の論理的に破たんした感情の乱れを表しているだけということになるのですが、

そういうことネットに書いている人も見当たりませんでした。

 

 

誰も本当にこんな風に感じたりはしなかったのでしょうか?

ザ・スミスを中学生の時に聞いたような人でもこんな風には感じなかったのでしょうか?