壇一雄的味覚表現

 まえに、食事は、まな板で包丁を使うときから始まっていると書いたが、極論すれば土に鍬を入れるときから始まっているというも言えるはず。
 
 壇ふみの父親壇一雄の「美味放浪記」は、内外のいろんなところを出歩いたついでに美味しい物を食べてみた記録。彼は食通グルメの代表的作家だが、正直ここまで味について説明していないとは、驚いた。
 文中で、自分は本当は旨い物なんかどうでもいい、みたいなことを彼は書いている。それはいくらなんでも言い過ぎと思うが、彼にとって一番気にかかることは、それぞれの風土がそれぞれの生活を育んでいる実態であり、それを観察・体験することの結果としてさまざまな食べ物にありついているに過ぎない。

 古いグルメの本や記事を読むんだとき、単に当時珍しかった食べ物を紹介したような物はどうしようもなく陳腐で読めなくなっている。しかし壇一雄の本は、上に書いたような態度で食べ歩いているのだから、心の深いところにある知的好奇心を満たしてくれる、それゆえ今でも十分読めるし面白い。


 壇一雄は戦前満州に行き、そこでロシア人バウス氏の家の台所に間借りする。貧乏ゆえにまともな下宿先を借りることが出来なかったからだ。彼は台所にベットを置いて寝るのだが、流しの水のしぶきが布団にかかるほど狭い場所だった。

美味放浪記 (中公文庫BIBLIO)

美味放浪記 (中公文庫BIBLIO)

 
以下引用


 朝の十時まで私が寝込んでいる。するとバウスの女房はニコニコ顔で入り込んできて、
「いい、いい。ゆっくり休みなさい」とでもいうように、手を振りながら、毛布の中の私を押しなだめて、かまどに火入れをするのである。
 その上に大バケツを載せ、水を張り、羊だか、豚だか、牛だか知らないが、骨付きのままの巨大な肉塊と、皮をむいただけの丸いたまねぎと人参を、バケツの中に放り込んで、そのまま去る。
 ほんの時たまのぞきに来ることもあるが、チョッチョッとアクを掬うくらいのもので、後はもう見向きもしない。

 やがて、5,6時間もことこととその骨付き肉を煮込んだ挙句、今度は皮を剥いたジャガイモを投げ入れる。トマトか何か赤い液汁のようなものを流し込む。塩を入れたり、2,3種の乾燥した葉っぱだとか、茎だとかを放り込んで、バウスの女房は、これをお玉で掬いながらちょっと味見をして、さて、私を振り返りながら、、ニヤリと笑う。うまく出来たとでもいうような表情だ。



 ロシア料理のボルシチについての箇所だが、味についての記述はまったく一言もなく、上のように彼の目の前ででっぷりした女性が豪快にボルシチを作る様子だけが語られる。
 壇一雄は料理が得意だったから、作り方を紹介すれば味についての説明は要らないと考えていたのかもしれない。

ある種のグルメ漫画も、料理を作る様子を延々と描写することで、無意味な味についての描写をすべて省略することに成功している。
(『おなかはすいた?』東城三紀夫は、そういうマンガ)

しかしこの描写から私が感じることは、人が食事を作り食べるという行為の、単純で力強いデッサンだ。生命力みなぎるロシア女が豪快に鍋料理を作り、そのかまどの火で暖を取っている作者の様子が、何十万年も昔の焚き火を囲んで食事を待っている人類の祖先の姿にきっと通じているはずだ。皮膚一枚で自然に包まれて生きた原人たちが、ご飯を食べられる喜びや死なずにすんだ喜びを調理の焚き火の前でひしひし感じている様子は、このボルシチの調理法とそれを興味もって眺めていた壇一雄の遥か彼方にあるのだが、確実に切れない糸でつながっているように思えてしかたがない。