ユビさす、んだけど・・・

わたくし、perfume聞き始めて(ていうか見始めてですわね)そろそろ一年経つんですが、

最初に見た曲がこの『グリッター』なんで、私にとってのperfumeはこの曲から始まったのですが、


これだけ、Perfumeの振り付けについて考察しといて、

いまだに7割がた、この曲の振り付けの意味が分からんのですよ。


さらに言うと、歌詞の意味もよくわからない、
んで、振付と一緒に頭の中に入ってくると、またわからなかったりします。



私にとって、この曲が一曲目でしたから、
このわからなさ加減がPerfumeの通常運転だと思ってしまったのですが、

いやいやいやいや、この曲、特に意味不明です。


しかし、とっかかりみたいなものはあるわけでございまして、

『コンピューターシティ』とか『Dream fighter』の振り付けから考えまして、
この『グリッター』のユビさす振付に対する意味不明具合ってのは、特筆に値する、


つまり、何をユビ指さしているのかわからない、この曲で何を表現しようとしているのか作っている側もよくわからない、

わたしには、そういう気がします。


曲のサビの歌詞だけ見てると、ふつうに震災復興応援歌に思えるのですが、ここに充てられている振付が実に意味不明。

さらに言うと、サビ以外の歌詞も意味不明。

いや、CMタイアップの目的を除いて考えた場合、サビ以外の歌詞はPerfume史上最悪と言っていいだろうと思われます。



中田ヤスタカ、分かんなかったんでしょうね。どんな震災復興応援歌作ったらいいのかってのが。というか、震災復興応援歌作ること自体いいのかどうなのかもわかんなかったんでしょう。

なんか中途半端なもんが気が付いたらできていたってとこなんでしょう。


この曲の題名の『グリッター』って
一体何よ?ってことですが、

震災復興に必要なキラキラした元気、もしくは、津波で死んだ人たちがこの世に残していったキラキラした思い出、

そんなところなのでしょうが、


私の場合は、グリッターの解釈に、

電力 が加わっているだろう、と思います。

「たちあがるのにはいるのグリッター」

震災から復興するのにも電力っているんじゃないの?どうなんですか?


そういうことなんでしょうな。



そして、この『グリッター』というとっちらかった震災復興応援歌を聞くにつけ、

福島宮城岩手に住んでいない私のような人間にとって311は他人事だったのかというと、
近場の原発を止めるか止めないかという問題があらわになったわけでして、その点に関しては、他人事ではなくて傍観者でもいられないようなことなんですが、


311は、津波の犠牲者が5000人という他に、福島の沿岸部にはもう人が住めないということプラス今後の電力供給をどうやって行くかという問題のコンボな訳でして、

「あなたたちをわすれない」とか「みんなでがんばろう」みたいな言葉で括れるような出来事ではなかったのですね。
今になると、このことがよくわかります。


311のあと、音楽やっている人たちってどう思って生きてたんでしょうか?
「くだらないテレビ消して、俺の曲聞いてくれよ、そしたら40W の節電になるよ」なんでしょうか、
それとも
「俺の曲なんて聞かなくていいから、原発の電気いらない世の中作ろうよ」
なんでしょうか?

中田ヤスタカ、どう思ってたんでしょうか?

「専門家じゃないからよくわかりません、そんでも犠牲者の御霊とこの国の未来についてはPerfume
神社でお参りさせていただきます」

たぶん、そんなとこでしょう。





この中途半端な震災ソングに、振付氏は戸惑いつつももうちょっと曲のテーマをはっきりさせたいと思ったでしょうし、PVの監督も同様に思ったのでしょう。


今になってみれば、このPVの泡がシュワシュワの画面は、海の泡にしか見えませんし、
三人の衣装にしても、海の青に染まっているように見えます。


このPVのオープニング

女の子が祈る




死の檻の中の魂が、

ふんわりとした動作でこの世に戻ってくる



そんな風にしか私には見えないのですね。




ラストの

曲が終わったら、死者は死体に戻る。

ボブフォッシーが振り付けやっている映画を思い起こしても、
このポーズは、死人表現してるんだろうな、なんて思います。


曲かいた人、振付考えた人、PVの監督、みんなそれなりに、この曲が震災の復興についての歌ということはわかっていたんだと思いますが、

踊っている三人、とくにあーちゃん、
マジでわかってなかったと思われる。

グリッターはドリームファイターの続編、みたいなこと言ってますから。

のっちの認識も似たようなもん。

PVの表情見ると、その辺は大体わかる。

でも、かしゆかに関しては、うすうす分かってたのかもしれんな、という画面映りの表情。




んでも、だんだんと、これが震災についての鎮魂歌なんじゃないか?ということが露わになってくると、
ライブでの振り付けもお祈り主体に変わってきますし、

なんか、軽々しくやってはいけない曲みたいな認識ができてきたんでしょうか、シンガポール公演では曲目から外れていました。



311についてどうしていいかわかんない、とりあえずお祈りはしておきました。

そういう態度、正直で好ましいとは思うんですけど、

なかなか扱いにくい曲だという気はします。